姫路の工務店「アイスタイル」姫路の工務店「アイスタイル」

2026.01.13[ 中道 翔太 ]
「贅沢とは、深く考え抜かれた空間に住むこと」

それは本当にリノベーションか?

──私たちが失ってしまった“定義”の話

まず最初に、
どうしても伝えたい違和感があります。

いま世の中にあふれている
「リノベーション」という言葉。

その多くは、
本当はリノベーションではありません。

・床を張り替えた
・壁紙を変えた
・キッチンを入れ替えた
・間取りを少し触った

それらは、
どれだけ費用がかかっていようと、
本質的には“リフォーム”です。

言い換えるなら、

きれいにはなったが、
世界は一ミリも更新されていない。


■ リノベーションとは、本来もっと“暴力的”な行為だった

築100年の木造住宅。
そこに、1階から2階まで貫く斜めの鉄筋コンクリート壁を挿入する。

素材も、構造も、時代も、
本来なら相容れないもの同士を、
あえて衝突させる。

それによって生まれる緊張感、
空間の再解釈、
建物そのものの意味の更新。

これは単なる改修ではありません。
建築の思想そのものを差し替える行為です。

こういうものを、
私たちはかつて「リノベーション」と呼んでいたはずです。


■ 犬島精錬所美術館が示した“正しい違和感”

直島近辺の話で恐縮ですが、
三分一博志による犬島精錬所美術館

崩れかけたレンガ組積造の銅精錬所。
通常なら「危険」「老朽化」「解体」の三拍子です。

それを、

・過去の痕跡は消さず
・崩れかけた状態すら肯定し
・そこに新しい機能と意味を与える

結果として生まれたのは、
“過去と未来が同時に存在する空間”でした。

美しくすることが目的ではない。
便利にすることだけがゴールでもない。

建物が持っていた時間を、
もう一度読み替える。

これこそが、
本来のリノベーションです。


■ なぜ今の「リノベ」はつまらないのか

多くの住宅リノベーションは、

・無難
・予定調和
・どこかで見たことがある
・SNSで「いいね」はつく

しかし、

記憶に残らない。
人生の景色が変わらない。

理由は明確です。

建物の“意味”に一切触れていないから。

用途を変えただけ。
見た目を整えただけ。
設備を新しくしただけ。

それは
空間の再編集ではなく、単なる更新作業です。


■ 大金を払ったのに、なぜ後悔が残るのか

リノベーションをした人ほど、
数年後にこう言います。

「確かにきれいだし、不満はない」
「でも、何かが足りない気がする」

この「何か」は、

・収納量でも
・設備グレードでも

ありません。

それは、

“驚きがなかった”という事実。

本当のリノベーションには、
必ず違和感と発見があります。

最初は戸惑うが、
住むほどに意味が立ち上がってくる。

その体験がないと、
どれだけお金をかけても
「満足感」は薄いままです。


■ 本当の生活の質は、数値では改善されない

性能向上は大切です。
快適性も、耐震性も、断熱性も必要です。

しかし、
それだけでは“生活の質”は完成しない。

本当に求めているのは、

・自分の価値観が反映された空間
・他では得られない体験
・語れる理由のある住まい

つまり、

思想のある建築

です。


■ それでも、私は住宅でやるべきだと思っている

「それは美術館だからできる話でしょう」

そう言われることもあります。

でも本質は違います。

重要なのは
規模でも、用途でも、予算でもない。

・建物の文脈を読む
・壊す理由を持つ
・新しい要素を“挿入”する覚悟

これらを持っているかどうかです。

住宅であっても、
いや、住宅だからこそ、

人生の時間を預ける器として、

もっと思想的であるべきだ

と、私は思います。


■ 最後に:それは本当にリノベーションですか?

もしあなたが今、

「リノベーションをしよう」と考えているなら、
一度だけ、こう問い直してみてください。

・それは、単なる“きれいな更新”ではないか
・その空間に、驚きはあるか
・建物の意味は変わったか

もし答えが曖昧なら、
それはまだ
リフォームの延長線上です。

リノベーションとは、
本来もっと危険で、
もっと知的で、
もっと面白い行為だった。

その定義を、
もう一度取り戻すところから
始めてもいいのではないでしょうか。


住宅で“建築的リノベ”を成立させる条件

──美術館と住宅を分けているものの正体

「それは美術館だからできる」
「住宅では現実的じゃない」

建築的リノベーションの話をすると、
必ずこう言われます。

ですが、ここで一度、
冷静に整理する必要があります。

住宅でできないのではなく、
“条件を満たしていない”だけ
です。

建築的リノベーションは、
才能や奇抜さではなく、
成立条件の問題なのです。


条件①|建物を「商品」ではなく「素材」として見る

多くの住宅リノベがつまらなくなる最大の理由は、
建物を最初から

・使いにくいもの
・古いもの
・直すべき欠陥品

として扱ってしまうことです。

これでは、
発想は常に「修正」にしかなりません。

建築的リノベでは、
建物は完成品ではなく素材です。

・歪み
・無駄
・過剰
・不合理

それらすらも、
編集対象として扱う。

犬島精錬所美術館が
崩れかけたレンガを
「欠陥」と見なさなかったように。

住宅でも同じです。


条件②|「壊す理由」を説明できるか

建築的リノベには、
必ず壊す行為が伴います。

しかしそれは、

・古いから
・邪魔だから
・流行じゃないから

ではありません。

壊す理由は、
思想でなければならない。

・なぜこの壁は不要なのか
・なぜこの天井高さを変えるのか
・なぜこの素材を残すのか

これを言語化できない設計は、
どれだけ見た目が良くても
建築ではありません。

住宅で成立させるには、
施主自身が

「なぜ壊すのか」を
他人に説明できるレベル

まで思考する必要があります。


条件③|構造と正面から向き合う覚悟

建築的リノベは、
構造から逃げません。

むしろ、

・構造を露出させる
・新しい構造体を挿入する
・既存と新設を対立させる

こうした行為そのものが、
デザインになります。

築年数のある住宅ほど、
構造は“時代の思想”を背負っています。

それを

・隠す
・ごまかす
・覆い隠す

のではなく、

構造を語らせる

これができるかどうか。

ここに、
普通のリノベと
建築的リノベの決定的な差があります。


条件④|「住みやすさ」を一度、疑う

これは少し勇気のいる話ですが、
建築的リノベを成立させるには、

一度「住みやすさ」を疑う必要があります。

すべてを

・効率
・動線
・家事ラク

で最適化すると、
空間は必ず凡庸になります。

もちろん不便でいい、
という意味ではありません。

ただ、

・あえて遠回りする動線
・少し暗い場所
・静けさのための余白

こうした非効率が、
生活の質を底上げすることがある。

高級住宅に
無駄な廊下や
用途の曖昧な部屋が
存在する理由です。


条件⑤|性能向上を「前提条件」にする

誤解してほしくないのは、
建築的リノベは
性能を軽視する話ではありません。

むしろ逆です。

断熱・耐震・気密・設備更新は、

議論の対象ではなく、前提条件

です。

快適性や安全性を確保した上で、
その“土台の上で”
どんな空間体験をつくるか。

これが高級客層のリノベーション。

性能に悩んでいる時点で、
まだ入口に立っていません。


条件⑥|設計者と「対話」できる施主であること

建築的リノベは、
設計者に丸投げしても成立しません。

同時に、
施主の好みをなぞるだけでも
成立しません。

必要なのは、

・価値観の衝突
・意見のズレ
・言葉にならない違和感

これらを
何度も往復する対話です。

設計者に
「どう思いますか?」と聞かれた時、

「お任せします」

と答えた瞬間、
建築的リノベは終わります。


条件⑦|完成後に“語れる家”になるか

最後の条件は、
とてもシンプルです。

その家について、

・なぜこうなったのか
・何を残し、何を壊したのか
・どこが一番好きか

を、施主自身が語れるか。

語れる家は、
時間が経っても価値を失いません。

流行が変わっても、
評価軸がブレない。

それは、

思想が宿っているから

です。


■ 建築的リノベは、贅沢ではない

最後に。

建築的リノベーションは、
奇抜さでも、自己満足でもありません。

むしろ、

・安易な選択をしない
・時間をかけて考える
・建物と真正面から向き合う

という、
極めて誠実な行為です。

贅沢とは、
高い素材ではなく、

深く考え抜かれた空間に住むこと

その選択ができる人にだけ、
住宅での
“建築的リノベーション”は成立します。

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